活動の歴史:有珠山救出活動2

<有珠山噴火前夜、動物問題を軽視?

【全力で呼びかけ!】 

4.28緊急国会要請行動!「人の鎖で直訴しましょう」は、おかげさまで成功でした。 
熊本の西川さんが24日に提案、翌日には上京。わずか3日間の準備は本当にドタバタでした。4.28「緊急行動」には、遠くは熊本や岡山から60人ほどが集まりました。国会をとりまく人の鎖はできませんでしたが、アピールと陳情はでき、成功だったと思います。 
午前11時、日比谷公園かもめの広場に集まった10数人は通りかかった人々に陳情用の署名を集める、瞬く間に100以上の署名が集まる。午後2時、国会議事堂前に集まる。もう、50、60人は集まっている。 
昨日、急遽理事会を開いて参加を決定し、スタッフや役員の人たちが深夜まで電話で行動参加を呼びかけてくれたようだ。午後2時、救助された犬たちの写真をカラーコピーしたにわかづくりの「ゼッケン」を胸に、国会議事堂前の歩道で横一列にメンバーが並ぶ、警察官がいろいろ干渉してくるが、威圧的ではない。テレビ東京が取材に来てくれる。何度も「有珠山の動物たちを助けて下さい。まだ生きています。置き去りにされた動物たちを救助して下さい」と言う。 
午後3時、国会議事堂正面から事前に約束をとっていた衆議院議員への陳情にうつる。第一と第二の二つの衆議院会館に別れ、自民党の杉浦議員、自由党の武山、鈴木両議員、公明党の丸谷、田端両議員、民主党の城島議員、社民党の保坂議員、共産党の佐々木議員を3~5人一組となって訪問する。午後5時、国会議員会館前で解散した。最後まで精力的に行動していただいたJAVAの皆さん、行動を提起しやり通した「がんばれ動物クラブ」の西川さん、遠路はるばる横断幕をもって駆けつけてくれた岡山の「ONE」さん、港北ニュータウン動物里親の会の皆さん、などなどありがとうございました。 
4月29日、三坂さん、再び封鎖線をかいくぐり、置きざりにされた動物の救助に入る。無人の洞爺湖温泉街に一泊し、徹底的に生きている動物を捜索。犬2頭、猫1匹をユンボで運び出す。

【4月29日~30日】 

私たちが「がんばれ動物クラブ」の呼びかけで国会前行動・衆議院各政党への陳情を行う予定の28日早朝、4月22日に強行入所した2人の男性のうちの一人、三坂さんが三度、北海道に出発しました。 
「どうしても気になっている犬たちが洞爺湖温泉街に残されている、いつ動いてくれるかわからない、あるいはずっーと動いてくれないかもしれない行政をあてにできない、もう、犬たちのいのちの灯火が消えるかもしれない、ARCには迷惑をかけたくないので、個人でいく!連絡だけは入れるよ」と言って単身、強行救出に向かったのです。 
彼はARCの事務局スタッフではなく、また、会員でもありません。初回の強行救出で虻田町や北海道警察は直接ARC事務局に電話で、「もう、避難勧告区域には決して入らないよう約束して下さい」とくぎを刺されている以上、ARCとして彼をバックアップすることも、(逆に)邪魔することもせず、残された動物たちの無事と救出を祈りながら、連絡を待つことにしたのです。 
携帯電話での連絡によると、彼は、札幌で動物愛護・保護とは関係のない友人に事情を話し、協力を求め、前回の避難所の人々とも連絡をとりながら、29日朝、壮瞥町側から山道を抜けて洞爺湖温泉街にたどり着き、救助活動をはじめたようです。今回は最初から洞爺湖温泉街で一夜を過ごす予定で、つまり、24時間以上滞在し、可能な限り生存している動物たちを救助し、あるいは、えさや水を置いてくるつもりだったようです。 
やはり、1ヵ月が経過しようとしているのに、屋外の柵の中に閉じ込められていた犬や置き去りにされたにもかかわらず家を守っている「けなげな犬」が生きていたし、猫も1匹保護することができたわけです。 
彼は、鍵をつけたままの土木用機械(ユンボ)をみつけ、それを「衰弱した犬猫たち」の運搬車にして、のせて連れ帰り、札幌の友人に引渡し、警察に出頭しました。ユンボの持ち主に無断での使用ですから、その持ち主が被害届を出せば、彼の逮捕・拘留は免れない状況でした。ところが、その持ち主は穏便に済ませたい、といい、彼は、4時間ぐらい事情を聞かれ、始末書を書き、5月1日午前1時過ぎに帰宅を許されました。

第4回、有珠山被災動物のための行動 

5月7日、午後6時から東京・渋谷のARC事務局で、ARCの有珠山被災動物問題に関与してきたARCの3人(川口、藤枝、宮田)は、個人で行動し避難住民と太い信頼関係を持っている三坂さんを招いてミーティングを行いました。話し合いの中心問題は、「いま、そして、今後、有珠山被災動物のために、なにをなすべきか」「なにができるか」でした。私たちが入手した情報や三坂さんがもっている情報などを確認・検討しながら、また、途中で北海道入りした西川さんと1時間以上の電話を挟みながらの、話し合いでした。その結果、 
連休明けの、8日(月)、9日(火)の両日、私たちARC事務局の3人と三坂さんの4人は、西川さんが北海道にいる間に、北海道に行き、①動物愛護・保護グループやアニマルライツグループ、②北海道庁など行政関係者、③北海道獣医師会④避難住民など関係者と話しあうことを決めました。 
話し合いのメインテーマは、同じく、 
いま、そして、今後、有珠山被災動物のために、なにをなすべきか」です。 
具体的には、例えば、 
カテゴリー1(もっとも危険な地区、一時帰宅も認められていない虻田町洞爺湖温泉町、並びに泉地区)に置き去りにされた動物たちをどう救出するか、 
(2度、強行入所した三坂さんによれば、放浪中の犬2頭、室内などにいる猫12匹を確認) 
カテゴリー2(一時帰宅が認められているがいつ再度避難勧告が出されるかわからない地区) の動物たちの問題 
被災動物(含む有珠山動物救護センターの動物たち)の飼育状態と今後生じてくる諸問題について 
有珠山被災動物たちのための今後の市民レベルの連絡体制(ネットワーク)について

5月8日、ARCの3人ら、4たび有珠山へ 

羽田発6時20分のANA51便で、ARCの3人(川口、藤枝、宮田)と三坂さんの4人は新千歳空港へ飛び、そこでいつもお世話いただいている「小さな動物の会・千歳」の手塚さんと会い、おいしい朝食弁当をごちそうになり、軽4ワゴンを今回もまた貸与していただきました。一緒に手塚さん宅に伺い、連絡で待っていてくれた同会代表の熊本さん(阪神大震災以来の再会)たちと北海道の動物たちの状況を簡単にお教えいただき、「がんばれ動物クラブ」の西川さんや「有珠山被災犬猫救助連絡会」の平井さんたち、さらに初回行動(4.2~5)を共にした青山さんたちと会うため、札幌の北海道庁一階ロビーに向かいました。約束の午前11時、「今、そして、今後、有珠山被災動物のために、なにをなすべきか」をテーマとしたミーティングに入りましたが、どうしても、「カテゴリー1の置き去りにされた動物たちの救助」に議論が集中しがちで、全般的な討論にいたらず、時間だけが経過していき、北海道環境生活部の松岡さんと会う時間になってしまいました。

<北海道庁担当者と話す。> 

北海道庁の、有珠山の被災動物に関する担当部署は、環境生活部環境室自然環境課です。その責任者の、松岡参事兼野生生物室長と会う。事前のアポは取ってありませんでしたが、総勢9人の私たちのために会議室を、急遽、用意していただき、約1時間意見交換しました。そのなかで明らかになったことは、 
①カテゴリー1に置き去りにされた犬猫は、4月5日時点で、犬23頭、猫63匹だった。 
②動物の救助のために、道庁の担当部署として自衛隊の出動を要請することはない。 
③避難解除された伊達市民の、(動物救護センターに一時預かり中の)動物たちはすべて飼い主に引き取られた。現時点で不明犬は、20頭前後だと聞いている。 
④道や市町村が建設中の仮設住宅での犬猫飼育は原則的にOKとしている。 
⑤カテゴリー1以外の地域では、パトロール中の警察官や市町村職員が保護したり、エサをやったり、している。 
⑥3月27日に一時避難勧告が出た時点で、北海道獣医師会と相談して動き出した。当初、150頭分を用意した。しかし、3月30日、実際に関係市町村が避難勧告を実行したとき、『犬猫などを連れてくるように』言ったかどうか、或いは、『連れてこないように』言った市町村があったかどうか、を含めて確認していない。 
⑦第二動物救護センターを建設する際に、初めて道予算を主にハード面で支出した。額は500万円ぐらい。

(社)北海道獣医師会にご挨拶と今後について、訪問しました。 

北海道庁の担当者との話し合いを終え、私たちは二十四軒町にある(社)北海道獣医師会に向かいました。ここも事前の約束なしの(連休明けだったためアポがとれなかった)訪問でしたが、森田専務理事は快く時間をとってくれました。 
私たちは、まず、①北海道獣医師会が行政と連携して避難住民のための動物救護センターを作り、日々、被災動物たちのために世話をしていただいていること、②当初は受け入れ予定ではなかった放浪している被災動物たちを私たちの申し入れなどで受け入れていただいていること、③毎日5,6人以上の獣医師をローテーションで動物救護センターに派遣されていること、④運営中の動物救護センターの現状(収支の収入の部を含む)を日々インターネットでオープンにされていること、などに対し、お礼を申し上げました。また、今後の予定をお聞きしたところ、舟岡町の第一動物救護センターは6月末日で閉鎖し、第二動物救護センターもスケートリングが開設される時期(10月末日)までには閉鎖するつもりだとのことでした。ペットフードやリードなどの用具類は関連業界からの提供があり、とくに不足している状態ではない、とも述べられていました。なお、動物救護センターとしては放浪している動物たちの救助はしていないが、関係市町村職員や警察官や動物愛護・保護グループが行っていることは承知している、との言でした。カテゴリー1に強行入所した三坂、宮田両氏から置き去りにされた動物たちの状態や今後の救出について簡単に意見をのべ、約1時間で訪問を終えました。

5月8日夜、青山さんの店でのミーティング。 

道庁並びに北海道獣医師会での話し合いを終え、私たちは朝から一緒に行動していた青山さんの食事の招待を受け、ミーティングをかねて彼女のお店(大通りの付近)にお邪魔しました。本当においしい手作りの料理とお酒やジュースをたくさんいただきました。 この場を通じて、まず、ありがとうございました、とお礼を申します。このミーティングには、噴火直後から関心を示し行動を起こしているARC会員の田中夫妻や直接三坂さんに連絡を取ってきた青年も参加し、おもにカテゴリー1にいまなお残されている動物たちの救出について話し合いがなされた。避難住民の一時帰宅の実現、避難住民とともに救出にいく、それらがいずれも実現する見通しが立たない場合に限って、三度目の強行救出を各々が考える、という内容だった。 
ARCは、虻田町役場と北海道警察から初回の強行救出直後に電話で「今後、二度と避難勧告地域には無断で立ち入らないよう」厳重注意を受けているので、ARCとして無断立ち入りはできない、との立場を表明し、併せて、明日(5月9日)虻田町役場にいき、『カテゴリー1への一時帰宅の予定の有無、並びに(冬山登山の際に地元警察などに入山届けを出して入る要領で)虻田町に事前届けを提出して入る場合の問題点を』尋ねることを述べました。

5月9日昼、虻田町役場を訪問、岡部総務課長と面談。(対応はいいとは言えない) 

朝、札幌市内のホテルを出発し、千歳空港付近でレンターカーを1台借り、借りている軽4ワゴンと2台で被災地に向かう。午前11時、虻田町役場に着いた。さっそく、被災動物の関係で、担当の真屋さんに会いたいというと、伊達市の武道館にいるという。では、その上司の方か総務課長に会いたい、という。長崎町長や助役はすぐ近くにいるが、会わせようとはしない。しばらく、待って欲しい、といって、20分近く待つが音沙汰がない。再三再四催促してようやく岡部総務部長が席を設けてくれる。話し始めるまでに実に小1時間もかかった。名刺を出し(岡部さんからは名刺もいただけなかった)、挨拶の後、単刀直入に、「虻田町役場は私たちNPO法人ARCに対し、初回強行救出直後に電話で今後、二度と避難勧告地域には無断で立ち入らないよう、との厳重注意をされましたが、その法的根拠があるのならお教えいただきたい、また、単に危険があるので社会通念上注意をしたと言うことなら、そのように言っていただきたい」と尋ねますと、最初は、「住民さえ避難しているのに、住民以外の方々がその地に入る合理的な理由がない」との対応でしたが、私たちが「いや、そこに置き去りにされた動物たちが救助を待っているのだから」といい、さらに「動物たちにも生きる権利があると私たちは思っている、無断ではなく、冬山登山の際に地元警察などに入山届けを出して入る要領で、虻田町に事前届けを提出して入る場合の問題点をお教え願いたい」と述べますと、しばし、無言、その後、「いま、即答はできない、今日、明日中にはお答えします」とこと。(5月16日現在、お答えはありません)カテゴリー1への一時帰宅の予定の有無もお教えいただけませんでした。(5月16日、35世帯が45日ぶりに30分の一時帰宅実現。しかし、問題はほとんど解決していない) 
遅い昼食後、伊達市の武道館にいる虻田町観光振興課長の真屋さんに挨拶に行く。 そこで、現在の動物問題の担当者は、役場で応対した岡部さん自身であること、カテゴリー1への一時帰宅が間近なこと、カテゴリー2,3の地区の一時帰宅民が飼育中の動物たちを連れてくるために、バスの最後部にケージを積んだトラックがついて回っていること(一時帰宅者から住民用のバスには動物を乗せることができず、また、置いてくるしかないのが実情だ、との情報を受けていたことに対して)などを書面を示しながら対応していただいた。

有珠山動物救護センターにご挨拶。 

舟岡町の有珠山動物救護センターに行き、なにかと接触の多い責任者の獣医師にご挨拶に伺いました。同獣医師は、「私たちのボランティア派遣などの協力申し出にこそ何とかやっていけるので結構です」との対応でしたが、今後の方向についても明確に、 
①第一動物救護センター(舟岡町)は6月末日で閉鎖し、 
②第二動物救護センターも9月中には閉鎖のめどを立てたい。 
③飼い主不明の、或いは所有権放棄の動物たちについても、9月20日からの動物愛護週間に際して札幌などで新飼い主探しのイベントを予定しているし、相当数の引き取りたいとの申し出を全国各地からいただいているので、心配はしていない、という。 
これまでの感情的ないきさつを押さえた、丁寧な対応でした。なお、この間、表面化した、二つの問題(川崎獣医師会の毎日新聞夕刊記事問題と横浜ドックレスキュー問題)についてはその事実を認める程度で、とくにコメントを差し控えるという感じでした。

<北海道庁の立場と私たちARCの見解。> 

私は、3月下旬から今日までの北海道(都道府県レベルでの動物たちへ)の対応がベストとは思いませんが、相当誠実に対応されており、評価には値すると述べました。私は、行政としてやるべきこと、(財)動物愛護協会や(社)北海道獣医師会など動物に関係する公益法人がやるべきこと、私たちのような「動物の生存権を擁護する」アニマルライツや動物愛護・保護のNPO法人やボランティアグループがやるべきこと、そして、飼い主自身がやるべきこと、は重なり合う部分はあるものの、相当明確に区分があるように思っており、そういう意味では、なんでもかんでもすべてを行政に求める考え方をしていない、とも述べました。ただ、今回の行政の問題点は、市町村が避難勧告を実行する際に、動物のためのシェルターを用意してなかったこと、避難住民が一緒に連れてこれる状態になかったこと、にあります。また、私たちがアニマルライツや動物愛護・保護の立場から、被災動物救助のために自衛隊の出動を要請したり、飼い主である避難住民や私たちなどが自己責任に基づいて避難勧告地域への立ち入りを認めるよう要請することは当然であり、北海道庁の担当部署が支持していただけなかったことは残念だとも意見表明しました。(私は、現在の世論や法律では、北海道庁担当部署がそれらを要請できないとする松岡さんたちの立場に一定の理解もっています。) 
ナナは宮田スタッフに感激?! 
次に、私たちは第二動物救護センターに向かい、そこで九死に一生を得た、ナナなどと再会、いずれも元気に、宮田君に飛びつき、まるで感謝を表明しているかのような、感激ぶりをカメラに納めることができました

2000.5.12 虻田町に今後も入ることを通知   

「避難勧告地域への『無断』立ち入りをしないで欲しい、という虻田町からの要請でしたので、冬山登山のように事前に通知することで『無断』ではなくなり、被災動物救助目的で洞爺湖温泉街に今後立ち入りたい、このようなARCの行動が法律に抵触することならその旨一両日中にお教え願いたい」と5月9日に虻田町総務課長に申し出ました。私たちはこの時点で11日の三度の洞爺湖温泉街への無断でない入所を計画していました。10日、室蘭民報は洞爺湖温泉街住民の一時帰宅実施へ、とのスクープ記事を掲載、虻田町はこれに反発し、予定していた一時帰宅を凍結する、と発表。(なぜ、そんなことで凍結するのか、私たちには全く理解できないが、虻田町の町長という人物はそういう判断をする人のようです)  連絡を取りあっていた当該避難住民から「近日中の強行突破はしないで欲しい、もし、ARCなどが強行入所したことが露見したら、あの人達のために一時帰宅ができなくなった、と町はいってくるだろう」、と強い調子の中止申し入れがくる。ARC内部で激論があり、結局、しばらく強行突破は見合わせよう、との結論となる。 
11日に予定していた「強行突破」を一旦やめ、ARCの藤枝理事、宮田スタッフは、11日帰京し、三坂さんも12日、現地を離れました。もう一度これからの行動を整理し、また、来週早々、北海道へ渡る予定を確認しました。 
ARCは、今後、有珠山被災動物救助に関する活動方針として、①一時帰宅住民へ「置き去りにした動物を必ず連れて来て!」と呼びかける、②露見しないように封鎖線を突破し、置き去りにされた動物たちの救助ならびにエサ配布の直接行動を行う、③救助した置き去りにされた被災動物を救護してくれている、北海道獣医師会運営の有珠山動物救護センターに良好な関係を継続していく④この間の活動の中間報告(ウィクリーレポート緊急号)をまとめ、、早急に発送する、⑤ホームページでのリアルタイムの発表を一時凍結する、などを決定した。

 

2000.5.17 事務局スタッフ4度目の現地入り 

今日、事務局スタッフの宮田は4度目の北海道入りをしました。現地で、今やもっとも頼りとなる札幌のARC正会員田中夫妻、がんばれ動物クラブの西川さんと合流します。 
今回の目的は、①洞爺湖温泉街中心部または火口近くの避難指定区域に置き去りにされた動物達のレスキュー、②一時帰宅住民の飼育動物達の救助確認、③放浪犬猫の保護(保護した動物は救援センターへ運びます)、④これまでの有珠山被災動物救助でいろいろご協力いただいた人々との関係強化、です。5月18日から5月25日まではがんばれ動物クラブの西川さんの日誌を転載させていただきます。行間を読みとっていただければ幸いです。

 

2000.5 虻田町の一部住民一時帰宅が実現 

18から5月25日までの記載は【がんばれ動物クラブ】のホームページをベースにまとめました。 

5月17日、18日と虻田町の一部住民の一時帰宅が実現しました。住民の皆さんはもちろん、私達動物の為に活動してきた者にとってもとても嬉しいことでした。一時帰宅には動物救援センターの内山獣医師も同行してくださり、ホッとして、動物たちの保護を待っていたのですが、飼い主と一緒に帰ってきた動物が0と分かり心配しています。
また、前回(5/6)有珠山に来た時に保護できなかった放浪犬の生存を確認にサイロ展望台へ行きました。近くの売店の方に可愛がってもらっていたようで、以前よりは体調もよさそうでした。さっそく首輪やリードを用意して明日保護に行きます。その後、犬猫を自宅に置いたまま避難されて来られた方を避難所に訪ねました。「自宅に閉じこめられているので、何とかしてほしい」と願いは切実です。やはりレスキュー隊の必要性を感じました。

 

2000.5.19 放浪犬を無事保護する 

昨日確認した放浪犬を無事保護して救援センターに預けてきました。仮名をチーコちゃんとつけてもらう。おとなしくてとてもりこうな犬です。泉地区の一時帰宅の集合場所へ行ってみる。3人の住民の方とお話しできました。「動物達を連れて来れることをご存じですか?」と尋ねるとみなさん口をそろえて「知らない」と言われます。これは大問題。その後、有珠山動物救護センターへ行き、同行される獣医師の方に事情を話し、もう一度住民の皆さんへ「動物も連れて帰ってください」とお知らせ下さるようお願いしたところ、快く引き受けていただきました。また、再び役場へ行き、担当の方へお願いし、集まってこられた住民の方へ直接呼びかけました。どうか一匹でも多く連れて帰ってこられるよう祈りながら見送りました。

 

2000.5.20 3度目一時帰宅はしても動物連れはゼロ 

カテゴリー1に指定された地域の一時帰宅が3回実現していますが、一世帯一人、30分というあわただしい時間のなかで、はたして動物を連れて来れるのだろうかという不安がありました。3回とも動物の存在は0だったと聞き、もしかしたらまだ動物を連れてきてはいけないと思っている人がいるのでは・・・と思い、チラシを作成して一人ひとりに手渡すことにしました。有珠山の噴火より50日以上が経過しています。部屋の中に閉じこめられたままや、鎖につながれたままの動物たちの安否が気づかわれます。

 

2000.5.22 各避難所に動物連れてとチラシを配る 

カテゴリー1に指定されている温泉街の一時帰宅は濃霧のため中止された。私達に今できることは、関係各所への動物救出のお願い書を持っていくことと、各避難所へ「動物を一緒に連れて帰って来て下さい」と書いたチラシを貼ってもらうこと。また住民の方に直接手渡しして説明することです。東京のアニマルライツセンターの宮田さんと手分けして廻ることにしました。各所で一生懸命話すのでもう声がガラガラです。明日は洞爺湖温泉街東側地区の一時帰宅のニュースです。さっそくチラシを持って行くことになりました。

 

2000.5.23 一時帰宅で金魚の龍太郎君無事生還 

今日も避難所にチラシ配布を行っています。住民の皆さんの声を聞くと、やはり50日以上も経っているので、「もう生きていないだろう」とあきらめていらっしゃる方が多いようです。皆さん一様に「すぐ帰れると思った」とおっしゃる方が多い。とにかく「一時帰宅で動物が近くにいたら、知らない犬猫でも連れて来てください」とお願いしてまわっています。 
 一時帰宅でなんと「金魚」を連れて帰ってこられた方がいました。2~3才になる「龍太郎くん」の生還には皆本当にびっくりしました。

 

2000.5.24 今までの雲仙・阪神大震災の経験を踏まえて動物達が守られる社会を願って

朝からの濃霧で、今日の一時帰宅は中止になってしまいました。せっかく温泉街の皆さんの一時帰宅が始まったばかりなのに悪天候が邪魔をします。「監視用のヘリコプターが飛べなければ実施できない」とのことですが、住民の皆さんのはやる気持ちを思うと、私もいてもたってもいられません。チラシを持って再び避難所と仮設住宅に向かいました。避難されている方も昼間はお仕事の方が多く、避難所にはお年寄りが目立ちます。今回「動物を飼っていない」方も、ご近所の情報をくださり、その後の活動に役立てることができました。小さな情報を一つ一つ積み重ねて次にそなえられたらと思います。有珠山ももちろんですが、雲仙や阪神大震災での経験を踏まえて、動物達がより守られる社会であってほしいと願います。

 

2000.5.25 置き去りされた動物達の過酷な日々

2度目の北海道での活動も今日が最終日になりました。思い残すことがないように精一杯やり遂げるつもりでしたが、問題は山積みのままです。今日も一時帰宅の始まる時間に、連絡会の平井さんと一緒に向かいました。出発を待っている人の中に、犬を置いてきた人、猫を置いてきた人が一人ずついらっしゃいました。二人とも「もう50日以上経っているから・・・」とあきらめ顔てした。私達も半ばあきらめていましたが、何と猫が生還したのです。「お菓子が大好きで、子供たちのお菓子がたくさん置いてあったので、それを食べていたようです。戸棚も自分で開けて中の煮干しなどを食べていました」と飼い主さん。獣医師の先生も「少し脱水症状になっているが大丈夫」とおっしゃいました。ひとりぼっちでよく頑張ったね「チャーミー」。雨漏りもしておらず、窓も開いていなかったのに、どうやって水分を取っていたのか、ネズミでもいたのでしょうか。不思議です。しかし、残念ながら犬は亡くなっていました。 

また、帰りに昭和新山にある「エゾ鹿牧場」をのぞいてみると、毛並みの悪い鹿たちが目立ちます。あばらが見えている鹿もいました。猿も40匹近くいるようですが、健康状態が悪いようです。お腹も相当空いているようで、さかんに私達におねだりをします。近所の方に聞いて廻ったところ、随分長い間世話をしていないようだとのこと。平井さんと私は、水の補給やエサの買い出しに走りました。猿にはさつまいも、きゅうり、パンなどをあげ、鹿には倉庫にあった干し草と水をあげました。すべての作業を終えた時、昨日からバイトに来ることになったという男性と会うことができました。事情を聞くと「鹿には一日一回、猿には2日に一回エサを与えてくれ」と言われているとのこと。乳飲み子を抱えているお母さん猿もいます。2日に一回のエサでは死んで行くのを待っているようなものです。平井さんと私は、持ち主にきちんと飼ってくれるようお願いすることにしました。 

 夜12時近くまで、連絡会の平井さんと今後の活動の件で話し合いが続きました。これから一番に問題になってくるのは放浪犬です。避難される際「犬を放してきた」と言われる方々に一時帰宅後会えたかどうかを聞いてまわっていますが、「会えた」という方は一人だけでした。噴火後に数頭の犬がサイロ展望台付近に逃げてきたのは、住民が目撃していますが、その後の行方は分かっていません。野犬化しないうちに手をうたなければなりません。そこで近隣の役場への保護依頼をしてはどうかということになりました。

6月6日 ARC事務局7度目の現地入り

午前7時30分の羽田発AIRDO便で宮田事務局スタッフが彼自身5度目の北海道入りをする。ARCとしては実に7度目。飛行機は1時間半の遅れで11時、千歳に到着、いつものようにレンタカーを借り、信頼できる協力者・小さな動物の会の水谷さん宅へ。預けていた被災動物救助用の資材や物資を積む。いつもお世話になっている道獣医師会の有珠山動物救護センターを訪問し、責任者の獣医師さんと会う。いつきても彼はここにいるわけですから、現場責任者とはいえ、本当に偉いものだと感心する。この獣医師さんからの情報では ①現在行われている洞爺湖温泉街などカテゴリー1地区の一時帰宅実施の際は、消防関係者にお願いして、エサ25Kgを配布を依頼している 
②関係する4市町(伊達、虻田、壮瞥、豊浦)は、野犬掃討業務は行っていない、これから当面、実施する予定はない 
③現時点で有珠山動物救護センターが預かっていて飼い主が判明していない動物たちは、犬9頭、猫1匹。 
④6月6日現在の預かり被災動物数は、84匹。(詳しくは道獣医師会のHPを!)
⑤第一動物救護センター(舟岡町)は6月20日ごろに閉鎖し、すべての動物たちを第二救護センター(伊達市竹原町)に移動するなどを教えていただく。

ここで、札幌のARC正会員・田中夫妻と落ちあう。一緒に第二救護センターに向かい、私たちがこれまで決死の思いで救助・保護した犬たちと会う。あの感動的な、鎖に繋がれたまま、雨水だけで3週間を生き抜いたナナ(飼い主判明)、放浪中を保護したシロ(飼い主いまだ不明)、ジュン(飼い主判明、仮名はイチロー)、チーコ(飼い主不明、西川さん仮飼い主)と再会。救助したときにくらべ、相当元気でしたが、「心」の傷はどこまで癒えたのでしょうか。 

6月7日 洞爺湖温泉街へ強行入所

何度目かの洞爺湖温泉街への強行入所を行う。どうしても洞爺湖温泉街を離れようとはしない放浪犬猫の救助、エサの補給が目的です。一時帰宅がいまなお一度も実施されていない地域へのエサ補給。また、一時帰宅実施地域でもその内容が、1世帯1人30分ですから連れて帰らなかった住民もいて、その被災動物たちの救助とエサ補給が緊急性があると判断したからです。田中さんと一緒に入る。(金融機関のATMが荒らされたとの報道以来、強行入所はかならず複数で実施するよう、ARCでは心がけている)田中さんの奥さんは後方支援の役回りです。補給用のエサは伊達市内で購入した約70Kg。二人で担いでいくわけですからずっしりと肩に食い込み、足場の悪いいくつもの箇所をあえぎあえぎ進んでいきます。田中さんが足を挫いてしまいました。なんとか目的を貫徹し、帰ってきましたが、1週間前後は治癒に必要な捻挫です。 

この行動で、まず、放浪猫3匹視認。うち、1匹はかなり痩せていて私たちから逃げるのがヨタヨタしている。保護・捕獲は無理でした。 
民家の玄関前で1頭の犬を発見。保護を試みるが警戒心が強く、逃げる。雨の当たらない箇所を選び、えさをたくさん置く。
道路脇にいる猫を視認。保護はできず。 
5ないし6カ所にえさを置き、温泉街を後にする。滞在時間は約3時間。
6月7日夜 ARC事務局、世界的ピアニストであるフジ子ヘミングさんより有珠山被災動物保護活動の為の寄付を受け取る 
いまや、世界的なピアニストとして多くの聴衆を魅了するフジコ・ヘミングさんから札幌公演会場で、まとまった寄付をARCにしたい、との嬉しい申し出を受けていましたので、札幌に向かいました。以下は、たまたま、聞きに来場されたPIPPOさんからの掲示板への書き込みを転載します。

フジコ・ヘミングさんのコンサートにて

投稿者:PIPPO  ほんの数時間まえに、札幌キタラホールにて行われたピアノコンサートで、思いがけずARCの宮田さん他2名と遭遇しました。それは動物達に対して深い愛情を持っておられるピアニストのイングリッド・フジコ・ヘミングさんが、寄付をしてくださるということでアンコールの合間に、三人のかたとのちょっとしたセレモニーが、急にあったのです。
わたしは、娘と来ていました。コンサートもとても感動しましたし、それにもましてふだんアニマルライツセンターの事を知らない人たち何人かにでも、分かってもらえたのではと嬉しくなりました。そうして、現在の有珠の動物たちもまだ頑張っているんだということを再認識しました。放浪しているコ達も、少しずつ飼い主が帰ってきてくれているのをきっと頑張って、待ってくれているんだ。そう勇気づけられたのと同時に、宮田さん達の頑張りにも心から感謝します。お体に気をつけてください。