殺処分の問題は、殺処分がなくなっても解決しない

1970/07/20

多くの人が誤解しています。

殺処分がなくなればハッピーだと。

恐ろしい現実

行政が犬猫の引取を断ることは、あってはならないことです。説得し、後々まで指導をし、管理監督が出来る体制は、今の行政にはありません。

現在の殺処分の数を無理に減らしたい行政側の姿勢により引取拒否がうまれ、その動物たちはその後を追うことができません。
実際に、神奈川県は引き取らなかった場合は住所氏名さえ残していません。

 

結果、動物たちはネグレクト、遺棄、虐待的飼育の元で暮らし続けます。
殺処分をしてほしいと申し出た飼い主が、飼育改善が良いということがありえるのでしょうか?

真剣に良い里親(適正な飼育ができる里親)を見つける努力をするでしょうか?

そうは思えません。

 

かつて、動物愛護センターを見学に行きました。

そこにいた犬はガリガリに痩せており、腫瘍がボコボコと膨らんでいました。

ここに来てしまう動物にとって、安らかな死こそが、唯一の救いであることがあるのです。


度々起きる、幼児虐待、幼児殺害は、殺人という罰則があっても本当に悲惨なものです。
動物はもっとひどいことは言うまでもないでしょう。動物の場合は、その存在の管理も、注意を促す体制もないのですから。
 

殺処分の問題は殺処分をやめるということでは解決しない

動物の数に対し、良い家庭(適切に飼育できる家庭)の数は圧倒的に少ないということを、私達は認めなくてはなりません。

 

  • 行政による引取り、また適切な安楽死は今の現状では必要です。
  • 動物病院での安楽死を推奨しなくてはなりません。
  • 行政施設の殺処分方法を全て安楽死に変えなくてはなりません。
  • 家庭とブリーダー含めた繁殖制限の徹底が必要です。(生体販売の頭数の大幅規制もしくは禁止を含む)
  • 飼育環境の向上とその義務が必要です。
  • 安楽死への正しい理解が必要です。
  • 家に踏み込んで強制執行できる法律も必要です。
 

 

今の日本で、殺処分ゼロの達成のニュースが広がるたびに、不安を掻き立てられます。

飼い殺しのまま耐え忍び、存在するのに見えなくなってしまう動物が増えるということを意味するのです。

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